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パワハラと日本 [職場を考える]

 若者は国籍や民族の多様な環境の中、専門能力を伸ばす生き方もできるが、日本の伝統的企業に入って、人間の屑のような上司や先輩に「薫陶」とやらを受けて、性悪さと愚かさに感染し、海外ではおろか、組織外では通用しない人間になるという生き方もできる。老害組織のパワハラの横行を考えると、日本の若者は海外の大学院を出て、日本に戻らずに生きるという決断をしたほうがいいのかもしれない。

 友と語らったり、旅に出てごまかしても、日本の組織は時代遅れであるのは確かである。直感の優れた人間は日本の組織に入ると、人間として駄目になるのではないかと思うのだろうが、それはあまり間違っていない。

 私は今、ある人畜共通感染症について調べているが、日本の論文を幾つか読むより、WHOの広報文のほうがはるかに明瞭で、情報が多いのに驚いた。日本人の研究は必ずしも不真面目なものとは言えないが、不明瞭だったり、分野が限られたりして、最新のものを読むと以前より研究が進んでいるどころか、水準が下がっているのではないか、戦前の研究者のほうが優れていて、現在は退歩していると感じることがあった。日本人の論文を幾つ読んでもよく分からず、効率が悪いのである。

 研究者の水準だの、予算だのを分析して、日本の研究が遅れている原因を探っても、そんなことは役立たない。恐らくは将来も日本の研究は遅れがちのままであろう。

 技能や学識を高めるには、最も優れたものに触れるのが早道であろう。日本の研究は「最も優れたもの」ではないのだから、若者ははどこかで「日本を卒業」して、海外に飛び出すという選択をするのがいいのだろう。どうして日本の研究は「最も優れたもの」ではないかと悔しがるのは愛国心の富むと言えるが、そんなことに拘泥するより、さっさと「最も優れたもの」に接近するのがいちばんいいことなのである。

 それがパワハラ避けになるのだろう。