So-net無料ブログ作成
検索選択

職場の? [職場を考える]

 座敷牢も3か月目である。

 座敷牢、すなわち「追い出し部署」は幸いなことに喫煙室とは異なる階にある。だから私は喫煙室から漏れ出る副流煙からは逃れた。追い出し部署の相方の嘱託者は煙草を吸いに、頻繁に離席する。彼も疎外されているので、喫煙室を利用しない。そしていちいち煙草の臭いを漂わせて戻る。それはそれで、私としては迷惑である。

 追い出し部署の前後の部署からは談笑の声が頻繁に発生する。中高年男女がギャッーハハッ、ギャーハハッ、ゲゲーッという笑い声が、狭い社屋に響き渡る。人間はこうまで笑い声を立てられるものかとあきれてしまう。追い出し部署の部長は豚のように太っていて、甲高い笑い声を立てる。職務専念義務も何もあったものではない。私と嘱託者の2人は座敷牢にいるのだから仕事がほとんどないのだが、一方で、周りの連中は本当に仕事をしているのかと疑ってしまう。

 郵便局の局員など、出入りする人たちの中には駄目な雰囲気に染まってくるのか、仕事で寄ると1雑談を長々として、さらに似たような笑い声を立てる者がいる。感染しているのだろう。

 嘱託者に尋ねてみると、会社の人間は下品なんだから仕方がないと気まずそうに言う。私が上品で、彼らが下品というより、職場の労働密度が低く、規律が緩いのだろうと思う。

英検受検 [生活]

 あす英検を受検する。勉強はラジオ英会話を聴き、2週に1回の翻訳クラスに出席し、課題をやるだけであった。翻訳クラスは今年度に入って欠席せずに通っている。しかしラジオ英会話は寝坊して聞かないこともある。今年1月に受検してから、問題集もやっていない。

 退職勧奨、不当配転と会社が引き起こす問題に1年近くも対処しているのだから、落ち着かない生活である。ある程度は仕方がないとはいえ、英検1級に合格するには今後どうしたらいいものかと悩んでしまう。

 どちらかというと早起きは得意なのだから、朝元気なうちにラジオ英会話をやり、すぐ復習をして、ついでに問題集をやれば勉強になるだろう。平日だけでなく、毎日やれば勉強になるだろう。習慣化がかぎであろう。

続く座敷牢 [仕事]

 職場では63歳の嘱託者と共に座敷牢にいる。彼は会社の物品と図書の100,000千円以上の死蔵在庫のうち物品部門で40,000千円分の死蔵在庫を積み上げたかどで、2013年、定年を機に取締役を下ろされ、追い出し部屋に入れられた。彼は代表取締役の代わりに責任を取らされ、当時の代表取締役は6月、退任して相談役としてのうのうとしている。

 前代表取締役は性格として失敗を認めないらしい。ところが経営を見ると、同時多発的に問題が発生して、4期8年で売上を約15~20%も下げている。経営問題のうち最も大きなのはこの死蔵在庫である。取締役も代表取締役も同じ程度に企業会計に無知だと、こうして基礎的な経営問題が生じて、責任の押し付け合いということになる。2012年、税務調査が入り、これが長年隠しおおしてきた死蔵在庫が表出したきっかけになったらしい。

 死蔵在庫には物品と図書の2種類がある。物品については長年、在庫管理がいい加減だったもので累積していた上、2005年の大量購入で拡大し、2012年の税務調査で顕在化したものらしい。図書については、数年前、委託先から大量に返本されたことがあるらしい。

 前代表取締役が2013年ごろから重い腰を上げて死蔵在庫問題に挑んだが、あまり減っていないようだ。会計上、廃棄処分して損失として処理するにしても税引前利益が年10,000千円しか出ないのだから、その範囲でしかできない。10年以上かかる計算である。

 前代表取締役は死蔵在庫を日の目に晒すようなことはまさに「失敗を認めること」になるので嫌ならしい。そのため物品部門を解体した上、新体制で引き売りをさせている。ところがもちろん死蔵在庫なのであまり売れない。ニーズに合わなかったり、陳腐化していたりするのだろう。

 売れないので増やした人間のうちの誰かのせいにして人間を入れ替え、対応するらしい。失敗を認めるのが嫌というのはまさに幼児的だ。トップの性格が組織運営にそのまま反映していると言えるだろう。

 前代表取締役が就任したのは2008年だったから、上記の2005年の大量購入の決済をしてはいないのだろう。しかし負の遺産があっても責任を取らなければならない。会計知識がない上にこうした無責任があると、会社におかしなことが生じるというわけである。

 私はこうした彼の意図を察知して、2013年春にこうした仕事を引き受けなかった。例え責任を部下の誰かに押し付け、退職に追い込んだとしても、それを続けてやらなければならない。そして死蔵在庫はちっとも解決しないのである。本当にやらなければならないのは代表取締役の首をすげ替え、経営方針を改めることでしかなかったであろう。

人間のデフォルト [職場を考える]

 座敷牢の相方の63歳の嘱託者にはギャンブルはしないのかなどと尋ねられ、少し不愉快である。以前もやらないと答えたのだが、彼が何度も聞くのは誘っているのだろう。ギャンブルの依存症者らしい。職場でも煙草や飲料のポイントを懸命に集めていることからも、金がなさそうな様子である。

 もちろん私は全くやらない。本多静六もギャンブルに血道を上げるのは「問題外」と記している。私は貯蓄節約生活をして、経済的独立を目指しているので、ギャンブルは縁がないものである。

 前代表取締役もギャンブラーを自認し、収益(売上)が低落しているのに競馬と飲酒に血道を上げているのを私は何度か目撃している。それでよく会社の経営者でいられたものだ…とあきれてしまう。

 嘱託者はギャンブルをするのが普通の人間だと思っているが、彼の人脈はそうした少し程度の低い人間の群れらしい。世界が狭いのである。ことわざに「馬は後ろから近づくな。馬鹿者にはどの方向からも近づくな」というものがあるらしい。適当に距離を置くのがいいだろう。利用という言葉は使いたくないが、利用できる局面だけで利用するという対応でいいだろう。馬鹿者の老人なのである。ただし相手にあからまさに馬鹿と言ったり、軽蔑しているそぶりを見せてはいけない。

 彼ら馬鹿者を見るにつけ、次のようなことが分かる。

1)年を取っていちばん重要なのは心身の健康である。繊維分が多く、食品添加物が少ないものを食べる。定期的に運動して心身の老化をできるだけ防ぐ。心身の具合が悪いと不機嫌になり、人間関係が悪化し、本人も苦痛である。喫煙、飲酒、ギャンブルなどの依存にならない。
2)経済的独立を目指し、見栄を捨て、若いうちから節約貯金と勤労の生活を送る。
3)努力して常に新しいことを学ぶ。年をとっても有効な資格を持つ。
4)話す内容に教養が表れるので、見るもの、聞くものに気を付ける。
5)足を引っ張る人たちと一緒にいるのを避け、手を引いてくれる人の中にいること。自分自身も手を引く人になること。

エネルギーを無駄にしない [職場を考える]

 人間関係のこつは足を引っ張る人たちやそうした人たちの集団にいるのをできる限り避け、努力する人たちの中に身を置くことである。そうした人たちと付き合っていくには自分自身も努力家である必要がある。足を引っ張る人たち、努力せず劣化していく人たちは努力する人に対して、あからさま悪意をむき出しにしてくる。

 パワハラに遭い、遠交近攻と考え、社外活動を増やしている。社外で出会う人たちがまともなので社内の人たちの異常さが際立って感じられる。一緒にいると不快な人たちとあまり一緒にいないほうがいい。不快というのはわがままとは異なるのである。

 もちろんこんなことは正しくないから正していく必要があるだろう。

 水準がかけ離れていると、人間関係を維持するのが困難になる。努力しない人たちが努力するのは苦痛だろうし、努力する人が努力しない人たちに合わせるのも苦痛である。何らかの目に見えない波長が合わなくなるのだろう。

 貯蓄節約生活をしたり、勉強したり、身体を鍛えたりしていると、努力する人たちとそうでない人たちを見分けることができるようになってくる。だから人間関係も向上してくると言えるだろう。

 私は不当配転などパワハラで苦しんでいるが、ひょっとすると足の引っ張り合い集団であるこの会社にはもういなくてもいいという天のメッセージなのかもしれない。社会にはあまり水準が高くない人たちがいて、そうした人たちの生活の場も必要である。私は就職当時職がなくて困っていたので、それはそれで有り難かったのである。健康も仕事能力も回復した今、私はあまりこだわらなくていいのだろう。

 私自身の時間や金やエネルギーを無駄にせず、次のステップに進みたいものである。