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ポーランドとフィンランド [仕事・職場を考える]

 ポーランドもフィンランドも共に1939年、スターリンの旧ソ連とヒトラーのナチスドイツに挟撃された。ポーランドは分割占領され、国が一時消滅して飢饉やジェノサイドすら生じたのに対して、フィンランドは旧ソ連を迎撃し、ナチスとは交渉して第2次大戦を生き延びた。スターリンは北欧の小国に敗北して激怒したという。

 野蛮な独裁国家に隣接していても、指導者が賢く、国防軍がしっかりしていれば何とかなるという稀有の例であろう。ポーランドはそれなりの大国であったが、一時の内政の混乱に付け込まれ、スターリンの横暴の餌食になり、第2次大戦後も旧ソ連の衛星国であり続けた。一方、フィンランドでは国内の共産主義者ですらスターリンの暴虐さを知っていた。フィンランドの指導者は敵である国内の共産主義者を中立にすることができ、戦時革命を防ぐことができた。指導者自身が正確な情報を得るばかりではなく、内部の敵性勢力にも正確な情報が伝わっているかどうかを気に掛けることも重要であろう。

 私は民族主義を強調するものではないが、指導者がしっかりしていなければ国は守れず、また外国との友好関係も維持できないと考える。国際関係が緊張している時、いささかの油断も許されない。海外に目を向け、正確な情報を得、物心共に準備を怠らないことが重要である。

 スターリンは周辺国を侵略するに当たり、周辺国内部の共産主義者による革命政権=傀儡政権を誕生させ、既存政府を転覆させ、要人どころか知識階級を虐殺するという手法を取っている。共産主義者を放ち、あるいは共産主義思想を蔓延させ、機を待って軍隊を差し向け、同時に革命政権を誕生させるのだ。既存政府に内外から圧力を掛けるのだ。これはスターリン自身が出世したロシア革命と同じことなのだろう。

 旧ソ連に対抗するため、共産主義者を厳しく取り締まったのは出鼻をくじくという意味なのだろう。日本では江戸時代のキリシタン弾圧のような手法で共産主義者を取り締まった。太平洋戦争で、日本の戦争指導者がアメリカの空襲に平気な顔をしていたが、旧ソ連の参戦の報を聞いて「震え上がった」というエピソードがあるらしいが、これは戦時革命が起き、自らが銃殺刑になることが想定されたからだろう。日本の戦争指導者たちは旧ソ連の暴虐さを知っていたということだろう。
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