So-net無料ブログ作成
検索選択

リーダー候補とリーダー [journalism]

 組織には目的としてリーダーを養成するという意思が不可欠だ。

 イタリアの高校教科書には次のような記述があるという。「指導者に求められる資質は、次の5つである。知力、説得力、肉体上の耐久力、自己抑制の能力、持続する意志。カエサルだけがこのすべてを持っていた」

 愚かなリーダーを選んでしまうと、国や組織は衰退して、いずれ滅んでしまう。だから組織には、リーダーを養成する意思が必要である。組織は、リーダー候補を多数養成しながら、同時に不適切なリーダー候補を適宜除いて、最終的に適切なリーダーを選ぶことが重要であろう。

 各国の政治史をみると、例外があるものの傾向として、中国やロシアでは王朝が滅んでも皇帝型の政治家が選ばれ、アメリカでは世界大戦が終わっても戦争指導者型の政治家が選ばれるようだ。

 日本では保守層から首相に選ばれる傾向があるだろう。菅直人は大企業技術者の父親を持ち、大卒後就職活動をしなくても生活できたどころか政治活動ができた。本当の庶民であれ絶対に不可能である。鳩山由紀夫、麻生太郎、福田康夫、安部晋三は、数代続く政治家の出身で大金持ちの父親を持つ。首相を5代遡っても80%以上が資産家なのである。

 驚くべきことは、彼らに保守層としての教養や行動力がないことだ。海外の資産家であれば、子弟を軍隊に入れたり、海外留学させたり(韓国であればアメリカへ、アメリカであればイギリスやフランスへ、中東であればアメリカへ)、経営者として厳しく訓練するものだ。しかし日本の場合はそうしたプロセスを経ていない。

 こうしたことに適ったのは、鳩山由紀夫(元スタンフォード大学教員)だけであろう。これだけ国際化する中、リーダーが英語その他の言語で交渉できないのはどうしたことだろうか。

 保守層のリーダー養成のシステムに問題が生じている。保守層は子弟を次世代リーダーにしようとするならば彼らをリーダーにふさわしいように育てて、一方で厳しく選別することも必要であろう。

 民主主義の社会なのだから努力すれば誰でも首相になれるのが理想だろう。全国民がリーダー候補になるのが理想といえる。そういう社会でありたいといえる。

 しかし現実にはリーダー候補が存在するのは日本の保守層のみである。だから保守層の責任として、リーダー候補をきちんと養成しなければならない。またリーダー候補の中からリーダーを適切に選ぶ必要もあるだろう。

 日本の保守層にはリーダー候補の養成力が不十分である。革新系政党は、首相の人間性に問題がある、漢字が読めない等とばかり批判せず、保守層に向かって「御宅の息子さんは首相になれますか」と問い質すべきだろう。保守層にとって、それが今、いちばん嫌な質問だろう。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:仕事

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。