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ココロ主義批判 [社会を考える]

 心の時代などと,河合隼雄(文化庁長官,元京都大教授)が強調している。河合隼雄の本は一時期かなり売れたという。彼が作った臨床心理士などの資格を目指している人も多いことだろう。 

 私はかつて,河合隼雄がいちおう名前だけの名誉顧問などをしている学習サークルに短期間だが,在籍していたことがあるから,批判するのが気がひけるが,本人はもうジイサンなのでいいだろう。

 河合隼雄とその仲間たちはマスコミや文壇などで,心のあり方などを強調している。たとえば学校のいじめや,勤労者のうつ病などは,心のあり方をよく自覚していないせいだという。ところが,現実には学校のいじめは,教師にふさわしくない人材が官僚主義で,怠けているのが原因である。いじめが盛んに行われている学校で,教師が午後4時にさっさと帰って,教師自身が深刻な問題と向き合わないという事例もある。これについてはあまり心の問題とは関係がないだろう。また勤労者のうつ病などは,企業が極限まで人件費を削り,ぎりぎりの人数で職場を回しているのが原因である。つまり,企業が企業運営の中で,固定費(人件費)を多くかけるか,少なくかけるかというお金の問題に収斂する。決して心の問題ではない。

 実は,このような制度の腐敗や金銭の問題を,現場の庶民の心の問題(あるいは精神力の問題)のせいなどとして,分かったような分からないような説明をするのは,日本では権力中枢がよくやってきたことである。リベラル派の間では,このような動きを“ココロ主義”として批判している。

 分かりやすい例として,イナカで村長が役場の金を自分で横領したにもかかわらず,問題が顕在化すると,カミサマがお金を持っていったと村人に説明して,カミサマがお金を持っていたのは村人の信心が足りないからだなどと説教をするのと同じである。この例では真の原因は,横領をする村長の行為なのだが,村人のココロが原因にされてしまう。横領されたのは役場の金だから,そもそも税金である。被害者は村人なのである。加害者がその問題の原因を被害者に求める。カミサマを信じている村人の信心に付け入るのである。それがココロ主義の正体なのである。

 河合隼雄は文化庁や,あるいは弟子たちがいる国際日本文化研究センターなどの人材を挙げて,ココロ主義を展開している。河合隼雄が唱えたココロ主義は,敗戦までに日本政府がやってきた精神主義と一致する。河合隼雄は権力中枢と一体になって,税金を使って,国民に説教をしているのだ。

 ところで,河合隼雄の甥っ子だかが,コンピューター・ウィルスを作って,検挙された。しかも報道では多くの人々に迷惑をかけているのに「プログラムミスがあることをわざわざ指摘してやっている」などと全然反省していないという。社会問題を引き起こしたのである。私としては河合隼雄が叔父として,甥っ子の(犯罪性のある)心の問題に取り組んでいないのではないかと,人ごとながら余計な心配をしてしまう。国民のココロの問題よりも,甥っ子のココロの問題の方が,ずっと緊急であろう。 


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