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鎮圧の思想・渡邉恒雄 [社会を考える]

  Y新聞の渡邉さんが巨人軍会長になったという。私はY新聞に勤めていたものだから,この渡邉さんを近くで見たことがある。なんともない,ふつうのじーちゃんである。田舎の市議当たりによくいるタイプだと思った。言葉を交わしたわけではないので,まあそういう雰囲気だったということだけのことだ。
  安保闘争のときに,樺美智子さんがデモをして亡くなったときの政府声明を書いたというのだから,やっぱり渡邉さんはとんでもない老人(いや高齢者というべきか)である。新聞社に勤めているのに政府のスピーチライターをやったのである。民主主義の敵であるといってよい。
闘争―渡邉恒雄の経営術

闘争―渡邉恒雄の経営術

  • 作者: 渡邉 恒雄, 三宅 久之
  • 出版社/メーカー: ぺんぎん書房
  • 発売日: 2005/03
  • メディア: 単行本

  渡邉さんは結局,政府の犬のようなものである。体制に反抗する若者,ジャーナリスト,革新政党に噛み付く。渡邉さんには鎮圧の思想というものがある。「ナベツネ,吠える!」などと週刊誌の見出しに付けられるのは仕方のないことだ。真実の一端を示している。

 なんというか,渡邉さんは政府の犬(それも老犬)だが,犬も凶暴だけれども,それを飼っている飼い主の方に注目しなければならないだろう。飼い主の姿はよく見えない。まさか犬の方が選んでいるわけではないだろう。 

渡邊恒雄 メディアと権力

渡邊恒雄 メディアと権力

  • 作者: 魚住 昭
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 文庫

 犬の方の醜悪さに気を取られて,けしかけてくる飼い主の姿をよく観察することが肝心である。

 彼についての本を読むと,彼は戦時中,旧制高等学校で,反軍国主義だったそうだし,哲学を学び,戦後共産党の構成員になりながら,路線改革や組織改革を訴えたりしている。実はそういう元気のあるところは,評価ができるだろう。

 ところが,反軍国主義で反権力だったのに,すっかり今,権力側の番犬になったのはどういうことか。人生は複雑である。これを理解するには権力論というキーワードがいいかもしれない。権力論というのは「社会は腐敗して不正だらけだが,潔癖で正義感の強い私(あるいは私たち)が,権力を握れば,社会は改革される。したがって,私は権力を握るために手段を選ばない」というものである。渡邉さんは権力論主義者である。正確に言うと渡邉さんは権力者ではなく,権力者の番犬だけれども,潔癖で正義感が強いとは言いがたい。その反対の存在である。

 「潔癖で正義感の強い私」が権力を握る階段で,いろいろな癒着や不正や闘争を行う。そういううちに,もはや「潔癖で正義感の強い私」ではなく,ほかの存在になってしまう。哲学的に考えるとそういうことだが,渡邉さんはその真実に気づいていないのかもしれない。

 渡邉さんの元気というか,闘争心(闘争というよりも癒着というべきだが)というのは本当に巨大である。心身共に生来,精力的なのであろう。何というか何もしないで文句ばかり垂れる情けない男よりも,頼りになる男なのかもしれない。ただ,私は彼の経営するY新聞の内情を知っているし,彼にはその内情の責任がある。Y紙社会部がかつて持っていたジャーナリズムの伝統は完全に鎮圧されている。Y新聞は渡邉さんが青年時代に嫌った軍国主義を進めているではないか。


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