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早めによく眠ること

 今週、催し物への出店作業のため、日帰り出張として駆り出された。配転そのものが違法なので、度重なる主張を行っている。成果が出ているのか、4日間の出店のうち私だけが1日間だけしか割り当てられなかった。来店者への対応を含まれるとはいえ、内実は身体労働である。

 概ね仕事は社有車の運転と商品運びである。商品運びは分類としては重労働ではなく、軽作業に分類するのだろう。しかし商品はそれなりに重く、また午前、午後どちらも立ちっぱなしである。

 交通事故や怪我の恐れがあるから、前日早めに入眠し、早朝にジョギングして心身を覚醒させておくと防止になった。また汚れてもいい服装をして、ウォーキングシューズや軍手を履き、帽子を被った。

 来店者の中には強い苦情を言い立てたり、騒いで暴言を吐く者もちらほら見られた。会社が取引が強い苦情を生むような形態になっていて、また取引する顧客の層がその程度のものだからである。私は一貫として冷静だった。そもそも仕事にあまり関心がないかもしれないが…...。いずれにせよ対応としては適当であったと言えるだろう。

 売上が伸びないものだから、出店は午後6時近くまで延長された。努力や工夫がないから売上が伸びず、売上がないから長時間労働になって辛くなるという循環であろう。

 取締役を筆頭に社員は来店者との対応として、ケーケッケッケ、ギャーハッハッハ!!と下品な笑い声を立てていた。私は顧客の目の前で笑い声を立てるなど、絶対にやってはいけないことだと思う。こうして笑い声を立てるから、暴言を吐かれるのである。

 商品は利益を上乗せして高額になっているから、いわばこうした高いものを買っていく来店者は馬鹿者だと店員が知らせているのである。人間は嘘を言うが、態度で真実を知らせてくれることがほとんどである。私が消費者として街中で、店員が下品な笑い声を立てている店舗があったら敬遠して足を踏み入れないだろう。
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筋肉の効果とパワハラ [自分の身体は自分で守れ]

 私は現在、少なくとも週3回は運動の指導を受け、さらに週1,2回はフィットネスクラブに通い、そのほかにも毎朝、ジョギングをしている。食物繊維を豊富に摂取し、禁酒禁煙を続けている。減量に成功し、降圧剤も不要となった。風邪もひかない。会社ではハラスメントが続き、解決しないが、心身は次第に強壮になっている。私自身、体育会系出身ではなく、どちらかというと頭脳派を自認している。背丈はあるが元々、筋肉質ではない。

 しかし努力に応じ筋肉がついている。ユダヤの諺に「3つのものは隠すことはできない。恋、咳、貧しさ」というものがあるそうだ。私は4つ目に「筋肉」を加えたい。筋肉は衣服の上から分かる。人間は人の体格に敏感である。少しでもあちこちに筋肉がついていると、全体に強壮な印象を醸し出す。私の上半身はまだ逆三角形にはなっていないが、逆台形ぐらいにはなっている。自分で言うのは何だが、以前より強壮に見える。

 打合せの最中、質問をしただけで取締役が興奮してしまい、質問しているだけですが......とたしなめた。粗野な言動があったので「言葉遣いに注意するように」とやんわりと注意を加えた。翌日、取締役は心身耗弱に至ったのか、珍しく欠勤した。声を張り上げたのは取締役のほうで、私ではない。心身を強壮にするというのはこうした効果があるらしい。

 ハラスメントをするにはどうやら、脳のうち知性や教養などを司る部分ではなく、動物的本能というか、原始の部分を使うのだろう。動物は強いか弱いかを、体格や体力等によって判断する。私としては知性や教養など、人間の分野で勝ちたいのだが、ハラスメント行為者が“動物”なのであれば動物水準でも勝てるようにしなければならない。

 筋肉がものを言うはずがない......という疑問は生じるだろう。しかし頭だけで考えてはいけない。会社など、狭い閉鎖空間では聖人君子ばかりいるのではない。ハラスメント行為者は、違法かどうかが頭の中にないから、正義感などが乏しい、進歩の取り残されたような、準人間というか、動物の1種と見てもいいだろう。ハラスメントを加える相手が、自分より強いか弱いか、本能的に判断する。そして相手が強そうだと感じると、しまったと思い、次第に精神が参ってくるらしい。勝手に自滅してくれるのである。

 私は2017年秋から初めて筋トレ、体幹トレなど取り組んだ。半年余りの努力である。筋肉をつけて初めて見える世界もあると言いたい。冷静に観察してみると、ハラスメント行為者は不摂生だったり、何らかの傷病を抱えて健康とは言えなかったり、家庭や金銭の重大な問題を抱えていることがほとんどである。健全でない心身、仕事のストレス、仕事以外のストレスがハラスメント行為者に悪意、悪念を生じさせるのだろう。

 ここで重要なのは、ハラスメント行為者の心身を、私が改善することはできないということだ。自分の身体は自分で守れである。心身の健康は自分自身が最終的な責任を負う。

 ハラスメントを受けた日も計画通り、筋トレ、体幹トレに励み、安価なアルコール飲料を飲まず高品質のプロテインを飲む。ハラスメント行為者は良心が痛み、安酒をあおっているかもしれない。そのうちハラスメント行為者がさらに健康性を低下させ、自滅する。筋肉はパワハラへの防衛力になるというのは、少なくとも私自身の例では真実と言えるだろう。

 パワハラには行政、法律という解決法ももちろん有効であろう。しかし解決法の中に筋肉という概念を導くのは私としても意外な感じがする。しかし実践してみて効果が高い。恐らく最も高いのではないだろうか。

 そういえば出張先のホテルのライブラリで『LIFE SHIFT 人生100年時代の戦略』という新刊を読んだ。その図書では長い人生の中で、心身の健康性を「活力資産」と呼んでいた。考えてみると、筋肉も活力資産の1部である。体幹トレーニングにはそれなりの費用が掛かるが「活力資産」作りと言えなくはない。筋肉は筋肉で、直ちに収益性があるわけではないが、体力や精神力だけではなく格好にも影響する。疲れずに働くことができれば収益に大いに関係あるではないか。いつでも持って歩かずにいられないし、資産としては大したものである。

 私が資産作りの師と仰ぐ本多静六も貧しく若いころの農作業、大学教員時代の登山で強壮な心身を持っていた。明治から昭和にかけては人口の90%は農民で、食糧難などもあり肥満など生活習慣病も少なかったから、静六は心身の健康に取り立てて触れていないのかもしれない。

 ハラスメント行為者は強きにへつらい弱きをいたぶる腰抜けである。自らも腰抜け、社会の進歩を阻む輩の一員になりたくなければ、自らが心身共に強壮になることである。まず行動してみるのが大切である。
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所有と占有 [日ごろのこと]

 豊かな人は所有を重視する一方、貧しい人は占有を重視するという。例えば会社の中で、管理職同士が権原の縄張り争い(占有権の争い)しても、会社の所有者から見ると、無意味なものである。管理職を異動させたり、辞めさせたりすれば争いは止んでしまう。所有者は占有権をいつでも取り上げることができる。また所有者は会社そのものを売却することもできるだろう。

 豊かになりたければ土地家屋などを所有すればいいのだろう。例えば自営業者だと、事務所を賃貸物件に置くのではなく、土地を取得してそこで営業すればいいのだろう。賃料を払わなくても営業できるし、高齢になれば売却することで1資産できる。こうした場合、自営業者自身は賃貸住まいでもいいのだろう。収益を生み出すのなら土地そのものを所有すればよい。住まいとしての土地よりも、営業によって収益性のある土地が重要である。

 会社員だと、譲渡や遺産でもない限り、住宅用途以外の土地は持たないだろう。資産作りとしては定期預金、株式、外国通貨ぐらいが対象である。もちろん健康や資格なども収益性があれば無形の資産と言える。

 本当は狭くても街中の土地を取得して、そこで収益を上げる仕組みを作ることができるのがいいのだろう。あるいはこれから街中になる土地.....というのがあればそれを取得すればいいのだろう。人口減少社会だから、日本では難しいかもしれない。

 豊かな人と貧しい人では発想が異なる。
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倉庫作業 [仕事を考える]

 今週は研修という名目で、午後いっぱい、社外の運送会社で倉庫作業をやらされた。けがも交通事故もなく、無事終えることができた。商品を箱詰めする作業と何もすることがない時間が交互に現れた。座るところもないので、3,4時間、立ちっぱなしで相方の後輩は音を上げていた。

 作業は運送会社の非正規労働者がやっていた。だからと言って誰にでもできる仕事とは言えず、それなりに要領と努力が必要だから、偏見を持ってはいけない。しかし私にこうした仕事を割り当てるのが妥当かどうかというのは別問題であろう。
 
 私はその都度、適切に抗議している。しかし会社はものすごく気に食わないらしい。精神が参ったと言わない限り、参ったことにはならない。この会社の人間たちは代表取締役から社員まで奴隷のようなもので、会社に命じられればどんなこともする状態に成り下がっている。これがハラスメントの土壌である。そして奴隷になりきれない人間がいると、反発するようである。健全な心身のためには精神が腐敗していないことも重要である。小さな閉鎖空間に適応していると、閉鎖空間から1歩出ると、通用しない人間になってしまう。

 私は会社が社外と折衝しようとすると、相手にされなかったり、決裂したりするのをよく目にしてきた。会社は自分がいちばん都合のいいことを言い出し、相手のことを考えない。例えばアポイントなしで訪問して、依頼したいと言いだすのである。面会を強要された上、一方的なことを言われるのは不愉快だろう。

 前もって電話を掛けないのは、出張のついで旅費を節約するためだかららしい。相手から見ると、「そんな貧乏で常識のない会社と関係を持つのは利益のあることなのだろうか」と懸念されることについては想像しない。今後、出張のついでなどと言われ、いちいち時間を取られるのは嫌だと思うのではないだろうか。相手との距離を測れない。閉鎖空間の論理をそのまま持ち出す。恥ずかしいな......と思う。

 相手にされない劣等感からか、相手が立場が弱かったり、相手に弱味があったりすると、いきり立ったり脅したりする。強者になれるのはそうした場面だけだからである。本当に糞だな......と思う。会社そのものが中小企業なのに、さらに零細で貧乏そうな会社や個人と取引が多いのはそのためである。貧乏な会社は合理的な判断ができないという。

 私が合理性を持ち出しても、反発されるのはこのためだろう。考えが歪んでいるのだから、正しくするには努力が必要で、そうした努力は嫌なのである。
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死なない努力 [自分の身体は自分で守れ]

 仕方がないなどと言って、状況に屈服するのが日本人の特性だという。しかし生死が関わるところで「仕方がない」と諦めるわけにはいかない。日ごろから地道に努力して、生死が関わるような状況に陥らないようにしなければならない。努力することも、あるいは回避することも必要である。君子危うきに近寄らずである。

 交通事故、身体作業での労災事故、強い精神的苦痛、病気の感染など、自分の勘を働かせて、危険だと思えば、危険を避ける必要があるし、避ける義務があるだろう。心身に被害を受けても、上司も会社も国も、誰も責任を取らないのである。自分の心身の健康について、第1で、かつ最終的な責任を負うことを自覚する必要がある。

 配転後、私は倉庫会社での作業もやらされている。そこで高所での作業が生じた。躊躇していると、倉庫会社の管理職が取り組んでくれた。蛮勇を振るって挑むこともできたが、ヘルメットも与えられていないこと、2,3mの高さではなく5,6mの高さであること、墜落したとき床はコンクリートであることから、躊躇した。躊躇は正解だったと思う。また取り組まないことによって懈怠したということにもならなかった。君子危うきに近寄らずという言葉をしみじみと思う。

 道路では危険個所では同じような事故が繰り返し生じることがある。会社や上司なども同じで、入社すると相当の割合で過労になる、傷病に掛かるというのは、仕事の設計が間違っているのである。運悪く故障した製品を手にしたようなものである。オーバーホールして修理するのは至難の業だから、原因を追及せず、そこでは頑張らず、ただ離れるしかないのだろう。
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